JAPAN2点差で王座へ

7月15日ウイーンで第4回世界選手権決勝(予想)

Football galvanizer
Sadao Goto
(TOUCHDOWN PRO2011年6月号より転載)

 第4回アメフット成果選手権が、8か国の代表を集め、7月7日から欧州オーストリアのグラーツ、ウイーンなどで開催されます。第1、第2回と連覇した日本ですが、2007年川崎で開催された第3回は、決勝戦延長第2ラウンドで米国に3点差で敗れました。今回はもう一つの強豪国カナダも出場、雪辱を期す日本の前に立ちふさがります。
 日本の8年振り3度目の優勝の可能性を探ってみました。決勝は、7月15日(土)ウイーンで開催です。

JAPANが世界に誇れるのは、メンタルだろう。
 メンタルつまり精神力といっても、やるしかないとか、最後は気持ちでしょう、といった楽しい根性論ではない。私の頭の中では、完全に2種に分類している。
 わかりやすく言えば、頭脳とハートである。
 頭脳とは、知的判断力である。フットボールを理論する力である。
 ハートとは、知的判断力の環境を整えるための、精神の安定性を保つ力。身体の能力を正常に稼働させるための強い心、精神力である。人間として精神力である。
 前者には理論的な判断力とそれを可能にする膨大なシュミレーションデータの制御が欠かせない。そして後者は、怒り喜び嘆き楽しみという人間特有の激しい心の動きを抑制する、精神の安定力が欠かせない。
 『武士道』で、新渡戸稲造が「トランクウイリティ・イズ・カレッジ・イン・リポーズ」(平静とは静止状態にある勇気である)の表現で、後者の、日本人の精神力を讃えていた。国際舞台で、日本人の文化を拠り所とするなら、計算、比較、記憶といった物理的な能力より、全人格を左右する哲学のあり方が重要になってくる。

初WCがシシリア開催の理由
 12年前の99年6月〜7月、アメリカンフットボールの第1回ワールドカップ開催されたイタリアのシシリア島のパレルモ市は、イタリア・マフィア発祥の地で知られている。当時も街を牛耳るマフィアと警官が対立、その間に対抗ギャング集団が割り込み、自動小銃の台座つけたジープが旧市街地を流す、異常なシーンが日常化していた。パレルモW杯組織委員会によれば、パレルモを安全な街として世界中にアピールしたい、そのための世界大会開催で、巨額な援助金がシシリー州から出ているといった。
 また、地中海を挟んだバルカン半島南部で起きたコソボ国際紛争に米国が関与して、保留していたワールドカップ参加を、早々に見送った。
 環境の未整備もあり、強引な見切り発車とも思われたスタートだが、競輪場を主会場とした大会は、シシリー独特のホスピタリティに溢れた好感のもてる運営だった。合計6チームが出場、ほぼ毎日午後3時から2試合が組まれ、第1試合が終わった午後5時半過ぎには、薄暮のエンドゾーン裏に、黒服がサーブする上級のトラットリアが開店し、大人の感じの生バンド演奏も始まった。味も二つ星はとれる高いレベルで、とくに魚介類が美味しく、楽しめた。
 開幕戦でホストのイタリアと対戦した日本は、フェアで速度感のあるプレーで、地元イタリア席からジャパンコールがわき上がるほどの、颯爽としたプレーを見せた。
 実力的には、日本とメキシコが突出していた。メキシコは肌理の荒さを感じたが、動きに桁外れの速さがあった。攻撃は脚力のあるQBが展開するオプションだった。日本の魅力は、正確な基本技術と、高度なチーム技術の理解力だった。あらゆるピンチは、熟知したシステムの弱点を全員で補った。これしかない好機に全員が生涯で一度の実践をやってのけた。決勝は、息をのむ緊迫した展開の末、0対0で延長戦に入った。
 先攻の日本が、QB松本の低い速い外へのボールに、SB安部が両腕で飛び込み顎で抑えてTDをあげた。ひきつった顔で安部がボールを頭上に上げた。次のメキシコの攻撃は、今大会円熟の機にあったS市川がインターセプトした。ボールを抱え込んで、歯を喰いしばって笑った。第1試合54対0アーストラリア、第2試合21対14スエーデン、決勝6対0メキシコ。表彰選手の発表はなかった。
 このパレルモ大会は、振り返ってみれば、アメフット初期の革命児たちの大会だった。とくに、LB河口将史。高い運動能力と猛烈な闘争心を前面にだし、米国育ちの英語力も力強く、立命大を出るとNFLに乗り込み、日本にカワグチありと米国関係者を驚かせたが、環境はそこまで成熟しておらず、NFL入りは逸した。しかし、核と鍵を河口に置いた攻撃的守備は、チームを一つにまとめ、全員が川口を信頼したように、川口も全員を信頼した。みていて胸がうずくシーンが多かった。決勝終了後、守備をまとめたDC高野に賞賛のハグを送ろうとして、間違って正拳突きを入れてしまった。
 この試合で日本が競り勝ったのは、Xリーグの存在が大きかった。誕生して10年目のXは、急激な水準アップで実力伯仲の展開が多く、選手は常に修羅場を経験していた。そんな経験が、決定的な場面で生きた。それは、監督の阿部敏彰の生き様にも通じた。メキシコの国内リーグはそこまでのレベルはなかったようだ。

2003年サムライ活躍
 ドイツのフランクフルトで開催された、2003年7月の第2回ワールドカップは、4チーム参加の省エネ大会となった。不出場のアメリカを別格扱いにした大会に、どこかにB級グルメ大会と共通する卑屈さを感じたのは、どうも私だけだったらしい。しかし、米国抜きのアメフット大会に、公然とワールドカップの大会名をつける国際組織にスポーツ振興普及の大義があるわけはない。
 スポーツ発祥の国であり、桁違いの実力を持つ米国が参加しない、アメリカンフットボールの世界大会は成り立たたない。正直言うと、4年前、アメフットのワールドカップをヨーロッパで開催するとの報を耳にして、異常な不快感を感じた。推進する欧州のフットボールレベルは極端に低い。米国の参画なしの開催は、スポーツに心酔しての行動とは受け取れない。外交ゴロが多い欧州らしく、残り少ない有力スポーツ利権に群がって、ワールドカップ付のブランド・スポーツで一儲けを狙う、こんな構図しか私には浮かばなかった。事実、初回の体制を作り上げてから本場米国に話を持ち込み、不快感いっぱいの米国に、コソボを理由に一蹴されている。パレルモ大会期間中に、現地で接した大会組織委員会でも、今でいうビジネスチャンスを奪い合う激高したやりとりが続き、この読みはほぼ間違っていなかったようだ。
 しかし、立ち上がり動機の純不純は抜いて、始まればスポーツの魅力は圧倒的である。
 フランスを23対6で下し、決勝のメキシコ戦は、37対14と大きく差を開き、日本は連覇した。おぼつかない振りでチアをつとめた独の少女チアも、最後は立ち上がって日本代表に拍手を送った。この大会も支配していたコンセプトは、前回大会同様だった。勝利への執着心が強い方が、勝負を分けた。丸太で殴り合う喧嘩だった。たぶん、このやり方が通じる最後の大会、コーチたちはそう理解していた。最優秀選手にQB富沢(日大)が選ばれ、ベストメンバーにも、富沢、波武名、古谷、板井、今井。古川、寺山、藤井,玉井、山田、野村、小山と12名が選出された。監督は阿部、OCが森、DCが大橋だった。TE板井、G今井、LB玉井、CB野村など、実力で欧州NFLリーグなどに乗り込んだサムライ達が出色の活躍だった。

2007年W杯初黒星
 2007年7月、第3回ワールドカップ川崎大会には、米国代表が初めて参加した。国際大会らしく整備された運営で、6チームが出場した。
 ディフェンディング・チャンピオンの日本は、米国がどのレベルの代表チームを派遣するかに深い関心を持った。国際アマチュア交流の母体としてUSAフットボールを創設した米国は、賢明な選択をした。米国コーチ協会の募集に応じた選手を、主にディビジョン3から選んだと公式発表したが、来日したチームは出色のチーム力を持っていた。月刊TDの発行人である松本直人は、米国の戦力を23年前に来日したウイリアム&メアリ大と同レベルと評価した。当時W&M大はNCAAのAAに所属、全米ランクで100位程度だった(ちなみに、W&M大にはスティラースのHCマイク・トムリンがいた)。日米共にあれから様々を経験した。全力を発揮できれば、3回に1回は勝てる相手、日本代表のメンバーを見て、私はそう確信した。
 スエーデンを48対0、フランスを48対0とps同スコアで破った日本は、台風一過の7月15日、決勝で米国と対戦した。気迫と節度に溢れた一流の試合となった。
 日本は第一攻撃でミスして、先制を許したが、緩んだフィールド、ウエットなボールといった本拠優位性をハードヒットで生かし(TORプラス2)逆転さらに追いつかれ、17対17で延長へ。伯仲の展開は、二度目の延長交代でもたついた日本が、僅かな消耗の差をつかれ、20対23で敗れた。このレベルの試合が続ければ、アメフットはひたすら急上昇して、NASAに似た、スポーツとしては突出した存在になる。

 勝負を分けたのは、全人格的な総合力ではなかった。34ヤードのFGを決める力がなかった。それだけである。チームとしては完璧だった。
 各エリアですこしづつジャパンが足りなかったのは事実である。米国高校並みの12分Qの公式試合時間が、日本の社会人から体力、とくに集中力、持久力を奪った。それが一歩の不足、半歩の遅れとなった。緊迫の展開が連続して足りなくなったスペシャルプレー。自滅つまりアンフォースド・ミス、決勝第一攻撃プレー、延長第2ラウンド表の攻撃などなど。
  この試合、私は大会前から1点差で米国の勝利を予想していた。米国の2点トライの成功による1点差での決着を予想していた。

カナダはアンダーニースを
 第4回の世界大会は、世界選手権と名前が変わって、7月8日〜16日(土)オーストリアのウイーンを主会場に、八か国の代表が参加する。今回の初参加は最後に残ったフットボール大国、カナダである。米国の隣国であり、米国と並ぶフットボールの歴史を持ち、独自の競技規則(12人、3ダウン制)で独自のフットボールを育成し、プロフットCFLが人気を集めている。プロフットを持つのは米加の二国である。(米国が無差別級なら、その他はライト級ぐらいの身体的なハンディキャップはある。)
 日本は予選Bグループで、9日緒戦でホスト国であるオーストリア(欧州3位)、11日第2戦でフランス(欧州2位)、そして13日にカナダ(アメリカ大陸)と対戦する。勝ち上がれば、16日(土)米国(前回優勝)と優勝戦、負ければ15日(金)に3決にまわる。
 2年前の09年7月、第1回ジュニア世界選手権準決勝で、日本はカナダと対戦、終了直前に約33ヤードの逆転TDパスを決められ、35対38で敗れた。RACで20ヤード近く走られた。20ヤードの深さのエンドゾーンを持つカナディアン・フットでは主力攻撃はパスだが、アメフットのエンドゾーンで敵陣10ヤードラインでの攻防となると、かえってプレーコール的には苦しいはずだ。
 苦戦は必至だろうが、アンダーニースとその周辺の攻防でなんとか勝ち抜くだろう。

ONEに集中
 今大会の日本代表にとっての大きな課題が、過密な日程である。完璧なアウエーの環境で、予選Aグループ3チームと1日おきに試合がある。決勝には2日が空く。1週間間隔でも損傷の回復が難しいのに、打撃を与えあうスポーツには、タイトすぎる日程である。最低の損失で勝利を重ねる、パーソネル(選手)とプラン(戦術)が必要になる。45名の登録選手は、強靭な体力がありいくつもの技術をもった、タフ・アンド・バーサタイルな選手が必要になる。戦術も、リーグ前半、カナダ、(順位決定戦)米国と、ち密な準備や展開が欠かせないだろう。
 日本代表はこの困難な状態を克服するために、5月下旬、79名の候補選手と共に、『ONE AT A TIME』のスローガンを発表した。森清之ヘッドコーチは、「日本、そして自分の置かれて状況や環境に関係なく、今この一瞬に全力を尽くすという意思をこのスローガンに込めた」。ONE GAME,ONE PLAY,ONE TEAM、ONE PERSONの、ONEに込めたのは、この一瞬への全力発揮である。ゲームのマネジメントはコーチングスタッフを信じれば良い。

米国は日本に負けるために
 決勝の米国戦は挑戦である。前回の大苦戦で、米国はNFL直前レベルの選手を多数起用するだろう、NFLのCBA騒動も米国には有利に働くだろう。
 米国の模倣で戦えば、追いつけまい。ふた昔三昔前の日本には独自の理想を追及する姿勢があった。今は、同じ路線で日本が追い抜く先鋭戦術の模索している。その根底を支えるのが、冒頭に紹介した、2つのメンタルである。

 昔話で申し訳ないが、私自身2回の日米決戦を経験した。約40年前の、史上初の日米大学対抗戦に選手として参加した時は、圧倒的な体力差で、技術まで思考が及ばなかった。米国の当たりは、首が折れたと思ったぐらい、痛かった。約20年前にHCとして参加した時は、勇気がなかった。まずは経験と、自分自身に言い訳ばかりしていた。「俺たちベストを尽くしたね」と心の中で言い訳をして、それでケリがつくのなら、試合なんてしない方が良い。アメフットは勝者を決める競技である。したがって、試合をする目的は勝利しかない。スポーツの魅力は負けた悔しさを教えてくれること。そして、誰にでも負けた理由を教えてくれること。負けたら、死にたくなるほど悔しがれ!前回の米国に、それほどの思い入れを感じたから、1点差の勝利を予想した。
 今回は日本が2点差で、王座に復活出来る!
 ポイントは、日本の誇るメンタル・レベルの強調である。
 さらに絞り込んだポイントは、キッキング・ゲーム。そして、壮行試合ではとんでもないバックショルダーを投げていたが、スーパーサブが要所で展開するXXXxXXに期待している。4年がかりの、ゲームプラン。攻めて攻めて10点差で負けても、3点差のビハインドを守りきるより100倍の価値がある。必ず次に続く。HC森、OC藤田、DC大橋、ST山田の、日本の底力(コーチングスタッフ)に期待したい。

*世界選手権直前、日本代表ヘッドコーチの森清之氏に、タッチダウン(株)初の選手のための実技入門書『AFB』(アメリカン・フットボール・ベーシックス)の監修をして頂きました。PRO本号と同じ6月30日発売。1400円です。新しい視点からの解説もあり、家人、友人、知人にもお勧めします。*

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