ドン・コリエルの遺産

Football galvanizer
Sadao Goto
(TOUCHDOWN PRO2010年7月発売号より転載)

 ドン・コリエル(正式にはドナルド・デービッド・コリエル)が、10年7月1日、85歳で逝去した。その告別式で、レイダースのヘッドコーチでありテレビ解説者でもあったジョン・マデンは「ごらんのように、私は最前列に座り、私の隣がジョー・ギブス、そしてその隣がダン・フォーツです。この3人は、コリエルのおかげでNFLの名誉の殿堂入りを果たしています。しかし、彼は(殿堂入りを果たさないまま)もういません」と言葉を捧げ、絶句した。
 「コリエルは現代パッシングゲームの父親です。彼ほど創造的なコーチはポール・ブラウンしか思いつきません」と伝説の巨匠の名前をあげて言葉を送ったのは、スーパーボウルの攻撃コーディネーターとして知られるマイク・マーツ(当時セントルイス・ラムズ)だった。引退してから20年以上経過したので、あまり耳なじみのない名前かもしれない。ドン・コリエルは、73〜77年にセントルイス・カージナルス、78〜86年にサンディエゴ・チャージャーズで圧倒的なパス攻撃を展開した名ヘッドコーチである。とくに、チャージャースでは、QBフォーツ、WRジェファーソン、TEウインスローと優秀タレントを揃え、40点、50点ゲームを連発していた。
 ウエストコースト・オフェンスは、ビル・ウォルシュが完成させたショートパス中心の攻撃戦術として知られているが、“西海岸”と名前をつけたパス攻撃の原点はコリエルがサンディエゴで展開したパッシング戦術だった。

 『エア・コリエル』と総称される、コリエル考案した現代パッシング技術は、現在もほとんど姿を変えずに、NFLのフィールドで展開されている。上記の4人に加え、チャージャースのノーブ・ターナー・ヘッドコーチ、カウボーイズのジェイソン・ギャレット攻撃コーディネーターなど影響は受けたコーチは少なくない。
 30年前に、コリエルが提唱したのは、(1)単純化、(2)意図的なスペース作り、(3)タイミングの徹底により、パッシングを攻撃の中核とすることだった。
 知られている(1)単純化の典型が、パス攻撃のナンバリング・システムだ。それまでのパスルートは名前(バハマ、カウボーイなど)で呼ばれていたが、ルートを数字にして、それを組み合わせたプレー名をつけた。たとえば、Xレシーバーが8ルート、Yレシーバーが30ルート、Zレシーバーが7ルートを走る場合、プレー名は837となる。QBも、レシーバー達も、素早く学べ、頭の中でビジュアル化しやすくなった。コリエルはこのシステムを、61〜72年のサンディエゴ州立大のヘッド時代に完成させ、同大学を常勝チームに作りかえた。さらに、RBのパスルートを表す文字を考案、この番号制を完成させている。たとえば、スキャット(体型)、435(レシーバーのルート)、Fクロス(RBのインサイドクロスルート)のプレー名となる。現在でも、ほとんどのチームがこのシステムを使っている。
 エア・コリエルの中で最も有名なプレーは『525Fポスト・スイング』である。コリエル以後も、ギブスがワシントンで、ザンピージがラムズで頻繁に展開した。2人のアウトサイド・レシーバーが15ヤードのカムバックルートで、コーナーバックを外側に連れ出して、Yレシーバーが20つまりシャロークロスを走り、LBとSFの視界を奪う。体型に応じ、RBまたは第2のタイトエンドは、自身がオープンになるオプション・ポスト・ルートを走る。RBはショート・スイング・パターンを走っても良い。ザンピージによれば「システムでベスト・プレー」。マーツがラムズで、WRアイザック・ブルース、RBマーシャル・フォークを活躍させたプレーだ。(2)の意図的スペース作りが込められたプレーだ。
 (3)のタイミングの重視は、コリエルのパスにフェイクがほとんど組み込まれていないことからも推測出来る。ラムズ時代にザンピージに習った、ノーブ・ターナーはカウボーイズのジョンソンの下で、QBトロイ・エイクマンを指導した。その時にエイクマンに徹底したのがタイミングだった。「ファイブ・ステップ、またはセブン・ステップのバックフットがグラウンドをヒットした瞬間に、ボールをリリースしなければならない。彼は、それを学ぶ、実践する能力があった」。スーパーボウルでエイクマンからWRマイケル・アービンへ投げたTDパスが、ターナーの推奨する完璧なタイミングである。
 さらにターナーは、コリエルの最高のプレーが前述のFポストだとすると、カウボーイズの黄金期を代表するプレーは『バング8』だという。コリエル時代のルート8は、浅く早いスキニー・ポストである。バング8は同じルートだが、さらに特別に素早く“バング”と投げるそうだ。第二のタイトエンドに入ったノバチェックのバング8が要所で絶大の効果をあげていたのを覚えているだろうか。コリエル時代のケレン・ウンスロー。現在のアントニオ・ゲイツと、チャージャースのTEの系譜にもコリエルの影響を感じる。

 コリエルは、76年にプレシーズン試合毎日スターボウルで来日、セントルイス・カージナルスのヘッドコーチとしてサンディエゴ・チャージャーズと対戦している。お話をした記憶はないが、一度も表情を変えない、怖い顔をしていた。スーパーボウル出場がないために殿堂入りは難しいというが、そんな内規は変更すべきだろう。付け加えれば、マデンはサンディエゴ州立大時代のコリエルの下で、守備アシスタントを務めていた。

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