ミスター・クール

PRIDE & POISE

ニューイングランド・ペイトリオッツ QB
トーマス・エドワード“トム”ブレイディ

Football galvanizer
Sadao Goto
(TOUCHDOWN PRO2009年7月発売号より転載)

 米国を代表する、スーパー・アスリートである。
 誰もが認めるNFL史上最高のQBの一人。プロ2年目の、24歳で頂点を決める第36回スーパーボウルに出場、14点の劣勢予想を覆す優勝に導き、MVPを獲得した。以後リーグを代表する存在となり、スーパーボウルには09年までに4回出場して3回優勝、MVPを2回獲得している。2年前はシーズン19戦全勝の快挙を最終試合終了35秒前に逸した。昨季は開幕戦でシーズン復帰絶望の重傷を負い、ブレイディのいないNFLは成り立つのかとマスコミが騒いだ。今季は完全回復して夏合宿に参加している。
  (ほとんど)非の打ち所がないヒーローである。ペイトン・マニングの才能、ブレット・ファーブの人気、マイケル・ビックの華やかさ、その全てにさらにジョー・モンタナの品位を加えたのが、ブレイディだ。世界的なAP通信社から、全てのスポーツを対象にした2007年最優秀男子アスリートに選ばれている。
 
現代の最先端をいく、エクセクティブQB
 まだ32歳、プロ10年目だが、QBとして完成品だ。
 理想のQBに必要な能力というのは、時代と共に微妙に変化してきている。70年以降だけを見ても、リーダーシップと運動能力を求めた時代から、強肩精緻なパス力優先の時代を経て、現在はパス力と共に戦術と状況判断力が必須の時代となった。スター、ストーバック、ブラッドショーの実践司令官タイプから、マリーノ、モンタナ、エイクマンのパサー・タイプ、そしてマニング、ブレイディのCEOタイプへ。
 戦術とかそれを生かす状況判断力が凝縮しているのが、ラスト2ミニッツ攻撃だろう。前述の第36回スーパーボウルで、試合残り時間1分30秒、同点、タイムアウトなしの、自陣17ヤードからの攻撃で、ブレイディが展開した6プレー53ヤードは、全米が息を止めて見入る入魂のドライブだった。7秒前にスパイクで時計を止め、ビナティエリの勝越し48ヤードFGに繋げた。
 08年にシーズン50TDパスのNFL記録を作り、通算パッサーレーティング92・9は史上4番目の記録。記憶にも、記録にも強い。

QBブレイディのどこがすごいのか
 ブレイディにお手上げ状態の対戦相手も多いが、研究すればするほど、ブレイディの素晴らしさを思い知らせることになる。
 AFCのライバルであるコルツのダンジー・ヘッドコーチ(当時)は、「ミスをすると、ブレイディは見逃さない。必ず、破滅してしまう」とブレイディの冷静な判断力を認めた。
 逆に、「彼はミスをしない。正確な読みどおりに、オンタイムにボールを投げ込んでくる」と安定性を評価するのはバイキングスのCBウィンフィールド。
 もっと素直に彼の能力に感嘆する声もある。「レシーバーとのタイミングが彼の力だろう。レシーバーがブレイクした瞬間に、ほとんどの場合、完璧なスローがくる」と、実戦を語るのは、ジャガーズのLBイングラム。
  「彼がスペシャルなのはパスの精確性、ブレイディほどの素晴らしい精確性は、カウボーイズのエイクマン以降見たことがなかった」は49ナースの人事担当のマクルーハン。「試合でのフィールド・ビジョンはベストだろう」はビルズのフューエル守備コーディネーター。
 タイタンズのDEバンデンボッシュはブレイディの精神力に感嘆する。「彼はポイズを持っている。彼が混乱したのを見たことがない。試合のほとんどの間、表情を変えない。スマートなので、彼を混乱させるのは難しい」。ポイズとは、毅然とした、自信に満ちた態度をいう。
 「トムはリーグで最も精神的にタフなQBだろう」はスティーラースのDEスミス。「とても競争心の強い人物だと思う。翌週の対戦準備をしているフィールド上でそれが現れる」と、ブレイディのメンタルな姿勢を強調するのは、前チームメイトのSFリンチ。
 総論として、まとめた形のコメントを出しているのは、セインツのヘッドコーチであるペイトンで、「素晴らしい意思決定で、パスは大変精確で、さらに強肩でもある」。

ブレイディはアメリカンドリームなのか
 プロ2年目に、名将ベルチックが負傷したスターQBの穴埋めとして起用するまでは、ほとんど無名だった。名門ミシガン大では、3、4年時にスタートQBを勤めたが並の記録しかなく、NFL指名も第6ラウンドと下位だった。その彼が、卓越した知識、冷静な判断、精確なパス力を備えた、超一流選手になったのは何故だろう。
 サンフランシスコに近いメテオ市で育ち、ジュニペロ・セラ高時代は、左打ちの捕手としての野球での評価が高く、卒業時にはMLBエクスポスに第18巡で指名されている。セラ高校は地元の中流以上の子女が多く、同高から弁護士を父に持つスティーラースのWRだったリン・スワンやMLBのボンズなどが卒業している。しかし、ブレイディの3人の姉の1人で、長女であるモリーンによれば、「私たち姉妹3人は地元スポーツ界で有名だったが、年の離れたブレイディはリトルブレイディと呼ばれ、可愛がられる存在だった」そうだ。
 セラ高のフットボール・コーチがブレイディの大学進学用に作ったリクルートビデオを見たが、「ストロングで丈夫な体を持ったQB」と月並みの表現しかしていない。
 しかし、練習は熱心だった。脚の遅さを克服するために、選手達が嫌っていたファイブドットドリルを自宅庭にペンキで書き込んで、「うちに帰ってからも、あきれるほど長く練習をしていた」(モリーン)。
 起用されなくて悩み、心理カウンセラーにかかった大学時代の練習態度の記録はないが、正面から練習に取り組んだことは想像できる。
 姉3人に囲まれたブレイディが、米国を代表するアスリートに進化するには、とてつもない努力を含む複合的な要因があるのだろうが、その一部を想像させる言葉がある。彼自身の言葉でなく、彼が公表した、彼が最も好んでいる先人たちの言葉である。モットーとも呼んでいいものだろう。
 4つあった。
 「継続する努力は、能力を開く鍵である」(リアン・コーデス、作家)
 「機会はあるがその準備が出来ていないことより、機会はないが機会への準備が出来ていることの方が優れている」(ホイットニー・ヤング)
 「世界で見たいと望んでいる、変化になりなさい」(マハトマ・ガンジー)
 そして、
 「解決への提案もないのに、問題に挑戦するのは止めなさい」(ジム・ローン)
 積み重ねた能力開発、万全の準備、勇気、冷静な決断といった、彼のキーワードが浮かび上がってこないか。

オーガスタの緑のような瞳
 洗練された動きに、女性からの関心も高い。193センチ、102キロ。西海岸のアップタウン育ちで、フォーマルでは、バリーの靴にトムフォードのネクタイ、ブリオニのスーツといったお洒落を欠かさない。あごの笑窪、オーガスタの芝のような緑の瞳、そして、女優モイナハンと別れた後に彼女が生んだ子供に自分の名前を送るやさしさが、女心をくすぐるそうだ。4月にカリスマ・スーパーモデルである、ブラジル生まれのジゼル・ブンチェンと結婚、豪華なカップルは全米のパパラッチの標的になった。

チーム・スポーツのプライド
 ブレイディと組んでキャリア最盛期を迎えている“元問題児”の天才WRモスは、「彼は、正しく守備を読み、正しく対応して、正しいシグナルをくれる、すべてそうだ。トム・ブレイディのようなQBと一緒だから、すべてがベストに働くといつも自信を持っていられる」。無条件の信頼である。
 ブレイディはAP通信のインタビューに答えて「私はチーム・スポーツをプレーしています。一緒にプレーしている全員は、チームとして成功するために、各自が個人としてやりとげるべき責任に全力を尽くします」。自分もそれ以上でもそれ以下でもないと、チームの一員としての評価しか求めない。彼のプライドである。
 モスと組んだ07年には、TDとインターセプトのディファレンシャル(差)が、プラス42という驚異的な記録を出した。NFL史上第2位となるシーズンパスレーティング117・2を出し、レギュラーシーズン全勝を記録した年だ。これまでに、第4Qに勝越しまたは逆転の勝利をあげた、いわゆるカムバックゲームが28試合ある。それでも、ブレイディは、たぶん、満足していない。
 「あと10年間はプレーを続けたい」。負傷から回復した時に、彼はこうメディアに話している。十分に可能な、控え目な宣言である。
 
 冒頭に(ほとんど)非のうちようがないと述べた。ほとんどに込めた不満の1つは、高校時代から悩んでいる脚力不足、しかし、それだけに彼のスクランブルが出ればチームの士気は異常に盛り上がる。もう一つ足りないのは、ユーモアのセンス。10年近くコメントを聞いているが、気のきいた答えは一度もなし。真面目過ぎる。それとも、私生活ではブンチェンに軽い突っ込みでも入れているのだろうか。

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