ブレイディの『伝説』!?

Football galvanizer
Sadao Goto
(TOUCHDOWN PRO2009年6月発売号より転載)

NFLの伝説
 NFLには『伝説の』とか『忘れられない』と冠がつく、名プレーが幾つかあります。チームの名誉をかけた試合での決定的なプレーです。近年スーパーボウルで質の高いプレーが連発され、そのたびに『伝説のプレー』が呼び出され、比較され、その芸術度を競いあっています。その試合に賭けるものが大きいほど、選手の思い入れも強くなり、ファンの心を打ちます。
 平時にコンスタントに実力を発揮して記録(たいがいの場合はシーズンの記録)を更新する選手を『記録』を残す選手と表現し、大試合で勝負を決定する値千金のプレーをみせる選手を『記憶』を残す選手と表現するのは、ご存知のとおり。少年少女の心に衝撃を与え、いつか自分もあんな風に活躍して仲間に感謝されたいと思わせるのは『記憶』の選手です。
 私の印象に残る『NFLロア=忘れられないプレー』を幾つかあげてみましょう。
  ○イマキュレート・レセプション(72年 RBフランコ・ハリスのパスレシーブ)
  ○ガロズ・ガフ(73年 Kガロ・エプレミアンの失態)
  ○ヘイル・メリー(75年 QBストーバックからWRピアソンの50ヤードパス)
  ○ザ・キャッチ(82年 QBモンタナからWRクラークのパス)
  ○70チップ(83年 RBリギンスの43ヤードラン)
  ○ザ・ドライブ(89年 QBモンタナからWRテイラーのパス)
  ○ザ・カムバック(93年 QBライチの32点差逆転劇)
  ○ザ・クロックプレー(94年 QBマリノの偽装スパイク・パス)
  ○ミュージック・シティ・ミラクル(00年 WRダイソンのKリターン)
  ○ザ・タックル(00年 LBジョーンズのTDセーブ・タックル)
  ○マニング・ツゥ・タイリー(08年 ヘルメット・キャッチ)

ブレイディのアイドル
 左膝前十字靭帯と後十字靭帯の断裂、その後の化膿予防などで重ねた手術を乗り越え、ニューイングランド・ペイトリオッツのQBトム・ブレイディー(32歳)が、1年振りに戻って来ます。能力、技術、精神力など、どの面から見ても現在の最高のQBであり、復帰に胸躍らせるマニアを多いはずです。
 彼は77年8月3日、湾を挟んでサフランシスコの対岸にある、カリフォルニア州メテオ市で生まれ育ちました。少年時代から49ナース(フォーティナイナース)のファンで、キャンディルスティックでザ・キャッチ(上記)の現場に立ち会ったそうです。生まれた年から数えると5歳の時ですので、このプレーに触発されたかは疑問ですが、少年時代のアイドルは、そのQBジョー・モンタナです。そういえば、冷静な判断、クイックモーション、ポーカーフェイスなど共通点は多いようです。
○ ザ・キャッチ(82年 QBモンタナ−WRクラークのパス)
 カウボーイズ対49ナースのNFC選手権、6点差を追う49ナースは、試合終了58秒前に、QBモンタナがエンドゾーンへ非常に高いパスを投げた。右WRクラークはエンドラインに沿って左に流れ、Uターンして戻り、指先でキャッチしてTD。49ナースは28対27で勝ち、進んだ第16回スーパーボウルで優勝した。
 シーズンのパッサー・レーティング117・2(史上第2位)やTDパス50回(第1位)、スタートQBとして勝利率78・2%等の記録はモンタナを抜き、レギュラーシーズン16試合全勝などのリーダーとして実績は多数持っていますが、ブレイディ自身が最も印象深いのは、07年に米国最大にAP通信社から、男子年間最優秀アスリートの表彰されたことでしょう。全世界のあらゆるスポーツを対象とした選考で、水泳のフェルプス、バスケのジョーダン、ホッケーのグレツキー(カナダ)、陸上のカール・ルイスなどが選ばれていますが、ブレイディは07年に、フットボール選手としては90年のモンタナ以来の選出を受けています。

タッチダウンか、トライアンフか
 ブレイディとモンタナ、比較はしたくないですが、強烈なインパクトといった点では、まだブレイディはモンタナにかなわないような気がします。ブレイディ自身のフットボール哲学も大きく影響しているでしょうが、彼が試合で目指す唯一かつ最大の目標はチームの勝利、トライアンフ(成功の喜び)です。自身のスーパープレーではありません。したがってMVPに選ばれたスーパーボウルでも、勝ち越しのFGの可能な位置まで安全に確実にドライブすることに徹しています。結果として、伝説拒否の姿勢です。しかし、TDのインパクトは強烈です。ザ・ドライブの仕上げで、WRテイラーへのTDパスを投げ、両手をあげたモンタナの姿は、ファンに心に強く焼きつきます。
 そう考えて、過去のブレイディの試合を見返したら、2年前のスーパーボウル、試合終了2分45秒前の、ブレイディからモスのTDパスに気がつきました。14対12と逆転、全米がシーズン全勝を期待して躍り上がりましたが、微妙な時間を残し、結局ヘルメット・キャッチがキーとなり、ジャイアンツが17対14と再逆転します。しかし、ブレイディの逆転ドライブは12プレーで5分12秒を消化した、あの時点ではベストのタイムコントロールでしょう。今年のスーパーボウルで、カージナルスが同じように終了2分37秒前にフィッツジェラルドの独走TDで逆転しましたが、これは2プレー21秒のドライブで、時間管理の意識はありませんでした。ブレイディの意識の高さは傑出しているが、苦労する本人には申し訳ないが、これまでは伝説にふさわしい劇的な舞台(残り試合時間や得点差)に恵まれないような気がします。
 ジャイアンツは83ヤードを12プレー2分7秒、スティーラースは78ヤードを8プレー2分8秒をかけ、2試合共に終了35秒前に逆転のTDドライブを仕上げています。

ブレイディの日常
 重傷から復帰したブレイディはサマーキャンプに参加、順調に練習を行っている。復帰直前の米紙取材には、「フットボールを出来なかったら何をするかと聞かれたが、今していることに対抗出来ることなんてない。月にでも飛べっていうのかい」と絶好調の受け答えをしています。可能ならあと10年、41歳までプレーを続けたいと断言したが、これは可能で、ファーブと正反対のフォーティαを見せてくれるでしょう。
 去年9月7日の開幕戦で負傷、手術を終え、11月からはペイトリオッツの施設でリハビリを開始、すぐにボールを投げ始めたそうです。シーズンの残りは、ボストンのバックベイの自宅で試合をテレビで見ていました。「ベルチック・コーチがゲームのサイドラインに立つのを嫌った。パスが不成功になるたびに、サイドラインの君をテレビが写すだろう。そんなシーンはみたくない、そう言われた」。12月の終わりには走ったりカットしたり出来るようになり、サンフランシスコの家に戻った。スーパーボウル当日、フットボールをしたいと強く思い、友人を呼び、UCLAのフィールドで走ったり、跳んだり、投げたりしたそうです。強制されたレイオフで自分自身のことを多く学びました。「毎週プレーしているときは、すべての小さなことに不平を言っていた。毎朝7時から、もう何十回と話し合ったことをまた話さねばならないんだとか、雨なのに外で練習かとか」でも、変わった。「11月中旬、リハビリしている横で、チームの調子が落ち、選手たちが不満をもらしていた。私は、『カモン、ガイズ!それがフットボールだろう』と叫んでいた」。
  ブレイディは、21ヶ月の息子ジャックを引き合いに出した。昔のガールフレンドのモイナハンと2人で、彼の保護者となっている。「毎日は彼を見られないので、おむつを替える時は、脚を上げ、踵をくすぐり、足を噛んだりする。もし、毎日あっているなら、こんな心のままのことはしないと思う」。
 この数ヶ月で、何回もモスやウエルカーとパス練習をしたそうだ。ウエルカーにその時の彼の動きを尋ねると、「いや」と答え、「以前とまったく同じ、脚は遅いままだったよ」。
 レギュラーシーズン開始まで、あと2ヶ月です。(終)

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