マリネリの孤独

フットボールガルバナイザー
後藤完夫
(TOUCHDOWN PRO2006年7月31日発売号より転載)

  プロフットボール、NFLはコーチオリエンテッド・スポーツである。つまり、トップダウンの意思決定で勝敗を争う組織。目的志向型の、現代のすべての組織に通じるシステムだろう。(現代プロスポーツ界では、選手の能力に頼るプリミティブな指導形態は、サッカーリーグやプロ野球のほんの一部に例外として見られるだけである)

 プロフットの魅力の原点ともいえるヘッドコーチ界に今年異変が起こった。相手を知り、味方を知り、能力を知り、体力を知り、知識を問い、試合状況を判断し、精神力を見極め、感情すら計算にいれねば、勝利出来ない、海千山千のヘッドコーチ世界。ところが、今オフシーズンに採用された10人のコーチのうち7人が新人、ヘッドコーチ未経験者なのである。さらにうち1人、ライオンズのマリネリは守備ラインコーチとしては辣腕だが、大学、プロいずれのレベルでもコーディネーター経験がない57歳。4人の孫を持つ団塊の世代がひのき舞台に出た。ジェッツのマンジニは1年間のコーディネーター経験のみ。優秀なGMが自分の感覚を信じて、大胆な起用に乗り出した。
新ヘッドコーチといえば、スーパーボウル出場チームのコーディネーターが主たる供給源だった。テキサンズのキュービアックはブロンコスの攻撃コーディネーターを11年間、ヴァイキングスに就任したチルドレスはイーグルスの攻撃コーディネーターレベルを4年経験している。
  マンジニ、セインツのペイトン、パッカーズのマカシー、ラムスのリネハンはコーディネーターとしての経験があるが、プレーオフでの勝利は4人合計でわずか4勝しかない。しかし、コーディネーターとしての実績はあまり関係ないかもしれない。就任したときに、バッカニアーズのグルーデンはプレーオフで1勝のみ、タイタンズのフィッシャーは0勝3敗だったが、ご存知のように2人は今やリーグを代表するヘッドコーチとなっている。コーディネーターとしての成績は、選手、負傷、ヘッドコーチの影響力、対戦相手、日程に大きく左右される。
  ヘッドコーチの仕事はコーディネーターと似てはいるが異なるところの方が圧倒的に多い。コルツのダンジーは、「一流のコーディネーターが一流のヘッドコーチになるために学ばねばならないのは、スケジューリング、チーム総体の管理、メディアとそれに付帯する事項、アピアランス(一般社会への顔見世)、遠征そして移動、サラリーキャップ、GMとの調整、毎日行う長期計画の修正などなど無数にある。ヘッドコーチになって6年経過してが、上達したとはいえ自分自身もまだまだ途上のヘッドコーチにしか過ぎない。コーディネーター時代にはこれらの業務は経験する機会はほとんどなかった」。

 そこそこの成績が見込める、ヘッドコーチ経験者にチームの再建をゆだねる場合も少なくない。しかし、勝利数や統計ランクにだけ頼らずに、賢い選択をすれば、新しい魅力が生まれることになる。だが、技術、コミュニケーション能力、リーダーシップ、エネルギー、誠実さ、セールスマンシップ、戦術的洞察力など、ヘッドコーチとしての資格を持った候補者は滅多にいない。
  コーディネーターはアシスタントコーチより上位に位置し、ユニットをリード、管理する責任がある。スティーラースのカウワーにいわせれば、「たとえば守備コーディネーターなら、守備に関する選手、コーチの全責任を持つことになる。もし試合で31点以上許したら守備選手の前に行き、その理由と責任を彼らに説明しなければならない。敗戦した翌日のヘッドコーチがするのと同じように」。
  ブロンコスのシャナハンは、ヘッドコーチへの準備として、フリーエージェントやドラフト指名候補の評価にコーディネーターやアシスタントを参加させる。攻・守・キックの3分野はもちろん、可能な限り組織のあらゆる面に関与させることが次のステップへの明白なアドバンテージになる。シャナハンは、レイダースのヘッドを解雇された後にフォーティナイナースで3年間攻撃コーディネーターを勤め、多くを学んだという。「どのチームも攻・守・キッキング、FAへの対応、ドラフトに関して独自の哲学を持っている。組織がどう構築され、トップからボトムまでいかに組織されているか見ることで多くのものを学んだ」。
  ヘッドコーチを目指しすでに数多くの経験をつんでいても、実際のヘッドコーチの仕事に接して驚かされることが多いとカウワーはいう。
「批判、そして窮地での沈黙に対して準備が出来ているコーチは少ない。どのチームでも、意見を待って全員がヘッドコーチを凝視している。じっさい、とてつもない孤独感を感じる。ヘッドコーチになれば誰も話しかけてこない。彼らの沈黙は意見ではない。自分の選択間違いで敗戦した後にも、自信をもって、献身と既定のチーム作りを推し進める能力が問われることになる。正しい選択をしたのかと自分自身に対する疑惑を感じることもある。確信と理想図を持たねばならない。そして、それをやり遂げねばならない。結局、自身への誇りの問題なのである」
  豪腕のミレンがGMでバックアップするとはいえ、マリネリは強い気持ちでシーズンを乗るきることが出来るだろうか。勇気ある選択はかうが、結局、すべてはヘッドコーチの心の次第。もし成功すれば、来年度はキッフィンの抜擢もある。
 
  攻守に実績を残した候補でも、さらにそれ以上を要求されるのが、ヘッドコーチのジョブなのである。今季就任の10人の成功を期待したい。


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